活躍事例として、キャリアコンサルタント・CDAへインタビューした内容をご覧いただけます。
社労士が解説!Vol.5『障害者雇用 法定雇用率引き上げへ(後編)』
Instructor's Column
- 原 博子 氏
- キャリアコンサルタント・CDA [千葉県]
キャリアコンサルタント養成講座インストラクター(千葉県)
大学卒業後、不動産会社で勤務しつつ、シナリオライターとしても活動。退職後はシナリオライターとして独立したものの、結婚・出産を機に昼夜問わずの仕事であるライター業を継続することが困難になり、悩んだ末キャリアチェンジ。自宅近くの社会保険労務士事務所でパートをしつつ資格取得を目指し、社会保険労務士資格取得。その後、社労士として活動する中で、「組織もそこで働く人もHappyになること」を模索していたところ、キャリアコンサルタントの学びと出逢う。
現在は、労務管理コンサルタント・キャリアコンサルタントとして、企業や行政機関を中心に活動中。専門領域は「治療と仕事の両立支援」及び「障害者雇用」。
■コラム第5回目です。
皆さん、こんにちは。原博子です。今回は「障害者雇用」の後編です。
障害者雇用率の段階的な引き上げ、除外率の引き下げなど、かなり大幅な改正があるところですので、今回と次回の2回にわたり、このテーマで書いていきたいと思います。
前回、障害者法定雇用率の段階的な引き上げ、除外率の引き下げなどといった法改正の解説を中心に行いました。後編である今回は事例からスタートしていきたいと思います。
■Hさんの事例
就業規則の変更の依頼があり、Z社の人事担当者Yさんと打ち合わせをしていたある日のこと。Yさんから「ちょっと、うちのある社員のキャリアコンサルティングをお願いしたいんだけど」と相談を持ちかけられました。「Hさんがね、この頃ちょっと元気がないような気がして」
Hさんは、現在、Z社の庶務課に所属。大学卒業後広告代理店の企画担当として働いていましたが、交通事故で下肢が不自由になり、治療に専念する為、広告代理店は退職。車椅子生活を余儀なくされ、心身が落ち込んだ時期もあったようですが、現在は安定してきたこともあり、3か月前、障害者雇用で海産物卸会社のZ社に入社しました。
キャリアコンサルティング中では、Hさんの経験を丁寧にお聴きしていきました。
するとHさんは繰り返し「わたしは会社にとって必要のない存在だ」と言葉にされました。
「そう感じることが、何かあったのですか?」
Hさんに起きていることを問いかけてみましたところ、俯きながら語り出しました。
「この間、会議室の予約簿を見たら『Hさんの業務切り出し会議』という会議名があって…皆さんがわたしの仕事を探してくださる会議…ホントに…ありがたいと思うんです…でも…それを見て思ってしまったんです。ああ、わたしは人から業務を切り出してもらわないと会社に居られない存在なんだって…こんなんじゃ、居てもいなくても同じですよね(涙声)」
★業務の切り出し 障害者雇用をする上で、障害者に担当してもらう業務を作り出すこと。既存の社員が従事している業務の中から依頼可能な業務を見つけていく一連の流れを「業務の切り出し」と表現する。切り出される業務は企業により様々であるものの、比較的安易なものや責任を伴わない業務になる可能性が高い現状もある。 |
わたしは、ごく日常的にこの「業務の切り出し」という言葉を使っていました。しかし、この言葉が、Hさんには「居てもいなくても同じ」という意味を持ってしまっていたのです。 とても考えさせられました。この言葉が「良い」「悪い」ということではなく、たったひとつの言葉も人によって様々な意味を持つことがある。それを思い知らされた気持ちになりました。
人の心が揺れる時。それは他人から見ると「些細なこと」と片付けられてしまうのかもしれないけれど、その「些細なこと」が実はとても大切なこと。そういった部分に関わる専門家がわたしたちキャリアコンサルタントなんだ、とHさんとのキャリアコンサルティングの中でつくづく感じました。
■言葉にしたことで ~Hさんのその後~
「こんな話、人事の方や上司にはなかなか言えませんでした。一生懸命わたしのためにしてくれてるから。それはホントにわかっているので・・・」
Hさんは誰にも言えない思いを抱え続けていたのです。
Hさんは自分の思いを言葉にしたことで「役に立ちたい自分」の存在に気づいていきました。
「この会社が好きで、この会社のために役に立っていたい自分がいるんだ」
「だからこその焦りだったんだ」
それを語りの中で気づいていったようでした。
そして「今、担当している仕事を精一杯やることが、『役に立つ』ってことなのかな・・・」ご自分の大切にしている「役に立つ」ということ。その実現の方向性について考えていきました。
数日後、お逢いしたHさんは、以前よりも晴れやかな顔をされて、わたしに報告してくださいました。
「先日、名刺作成を頼まれたんですが、デザインをわたしなりに工夫してみたんです。そうしたら、『ありがとう、すごく素敵!』って喜ばれて。今までは『切り出させた業務』って思っていたんですが、『切り出して頂いた業務』なんだって思ったら、ひとつひとつの業務に感謝の気持ちが芽生えてきて。これも十分会社の役に立っているんじゃないかな、って思えてきたんです」と。
■雇用の質の向上に向けた事業主の責務の明確化に関する事項
令和5年4月1日から、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(促進法)の一部が改正されました。(第5条関係)
【促進法第5条関係】 事業主の責務として、障害者である労働者の能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことに加え、職業能力の開発及び向上に関する措置を行うことにより、その雇用の安定を図るように努めなければならないものとすること |
「雇用の質の向上」というのは、単に障害者雇用率を達成する為に事業主が障害者を雇用するのではなく、その障害者の職業能力の開発や向上に責任を持つ必要がある、ということを言っています。 今回の改正においては、「キャリア形成支援」という言葉が多用されており、資格取得の促進や職業訓練、研修会の機会を設ける等、障害者の能力開発を行うことが重要であることが示されています。
企業内及び企業外のキャリアコンサルタントが障害者雇用にとって重要な役割を果たしていくことを期待されていることが、この改正点からも見えるところです。障害者を取り巻く環境は、チームで支援をする素晴らしい体制がすでに構築されているように思います。
このチームの中に、さらにキャリアコンサルタントが加わることで、質の高い障害者の「キャリア形成支援」を推進することが可能になるのではないでしょうか。
なお、既存の助成金拡充案にもキャリアコンサルタントの活用が記載されていることにも注目したいところです。
事業主が行う①障害者の雇用管理のために必要な専門職の配置又は委嘱、②障害者の職業能力の開発及び向上のために必要な業務を専門に担当する者の配置又は委嘱、③障害者の介助の業務等を行う者の資質の向上のための措置への助成を新設
※②には、キャリアコンサルタントの資格を保有し、一定期間以上の障害者雇用に関する実務経験を有する者等を想定
(参考:労働政策審議会資料P8~9)
(参考:労働政策審議会資料P2⑦)
https://www.mhlw.go.jp/content/001120194.pdf
■「支援する人」「支援される人」の関係性を超える
今までの障害者雇用は、「支援する人」「支援される人」の関係性が強かったのではないか、と思います。こうしたしっかりした形があったからこそ、障害者雇用を推進できた、という背景もあるでしょう。
しかし今、障害者雇用は転換期を迎えているのではないでしょうか。誰もが自分らしく生きる権利がこの世の中にはある。そんな世の中になるためには、「支援する人」「支援される人」の関係性を超える関わりが必要な時期に来ているのかも、と感じたりします。
自分の心の中にあるちょっとした違和感やモヤモヤを気兼ねなく言葉にできる場。それは「支援する人」「支援される人」の関係性を超えた場でないと叶わないのかもしれません。
この「関係性を超える」という言葉は、CDA認定団体であり国家資格キャリアコンサルタント試験実施団体であるJCDAの学びの中でわたしが感銘を受けた言葉です。「支援する人」「支援される人」の関係を超えて「協力し合うパートナー」になる。
関係性を超える」とは役割は傍らに置き、人と人との関係で関わること。それを可能にするのが、キャリアコンサルタントという専門家が行うキャリアコンサルティングの場。障害者雇用におけるキャリアコンサルタントのニーズはますます広がりそうです。
今回も最後までお読み頂き、ありがとうございました。
また次回、お逢いしましょう!(^^)!