ちょっと一息

キャリアカウンセラーの資格活用 vol.26

人に無関心な「システム屋」が変わるとき

[2018/01/30]

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 職業適性検査などで、次のようなことを聞いたことはありませんか?
1)データに興味があるか、あるいはアイディアに興味があるか?
2)人に興味があるか、あるいは物に興味があるか?
 これは、職業心理学者ホランドの職業選択理論をベースした考え方で、適職診断テストCPS−Jにも活用されています。

 この分類に従えば、今回ご紹介する井上昭雄さんは、きっと【データ】と【物】に興味が強いはずです。いや、強かったはずです。パソコン黎明期から約30年間、システム開発の第一線で活躍されてきたのですから。
 でも井上さんは、50代半ばにして大きく舵を切りました。その方向転換には、ご家族すら驚いたそうです。果たして井上さんはどのような選択をしたのでしょうか? セカンドライフを考える上でとても参考になる話です。ぜひご参照ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 行政機関勤務
 CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)
 PHP研究所認定ビジネスコーチ
 井上 昭雄 さん


パソコンの魅力にとりつかれる

 私は元々理系を専攻していて、大学卒業後は株式会社ヤクルト本社に就職しました。初めての配属先は工場の品質管理部門です。
 そんな時、私の関心が大きく動いた出来事がありました。工場にパソコンが導入されたのです。プログラミングを組むことで自分の意図通りにデータを処理できるクリエイティブ性に、強く惹き込まれました。たとえば、それまで紙に書き出して電卓で集計していた報告書が、数値入力するだけで仕上げられるようになる。その斬新さに夢中になって、時間外や休日に自宅で品質管理用のプログラムを作成していました。
 「これはもしかしたら、仕事になるかも」
 そう思い巡らしてからは、システム部門に異動したくてたまらなくなりました。そのため、独学で第二種情報処理技術者(当時)の資格も取りました。異動させてもらえるよう会社に自己アピールをしたのです。結果、本社の情報システム部への異動が叶い、やりがいを感じながら、プログラミングシステム構築の仕事ができるようになりました。
 それが私の最初のキャリアチェンジです。


メガバンクのシステム開発

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 2回目のキャリアチェンジは32歳の時です。飲料メーカーの仕事は面白かったのですが「自分の能力であれば、もっと高い給料をもらえるのではないか」という気になってきたのです。それで求人情報を調べ、三井銀行システム部に転職しました。
 当時はちょうど、銀行にパソコンが本格導入されようとする時期でもあり、私は、パソコンや電子メールの導入、Webシステム開発による業務効率化の推進などのプロジェクトに携わりました。住友銀行との合併後も、行内イントラネット基盤の構築や情報系システムの合併対応など、コンピュータに関わる仕事を続けてきました。
 その後、銀行のシステム子会社に出向しましたが、そこでは、管理職としてチームを統率するとともに、お客様に対してシステム化の提案をしてきました。
 今振り返ると、その頃までの私は「人」に関心が薄かったように思います。むしろ、新しいモノを作るのが好きで、その構造や中身を探るのが大好きでした。その大好きな時間を、会議や相談などで遮られるのも嫌でした。部下への指示もメールが中心で、口頭で個別に話をすることはほとんどありませんでした。根っからの技術者だったのだと思います。


人が育っていく過程を見て

 しかし、人事部へ異動すると、その考えが変わってきました。
 人事部に異動したのは2010年4月。マネジメント研修、新人研修、若手リーダーシップ研修など各種研修を統括するほか、採用面接、社員面談なども担当しました。それらの仕事を通して、人が育っていく過程を目の当たりにしたのです。ほんの少し前まで学生だった新人が、会社の一員として仕事ができるようになっていく。できないと思っていた社員が、できる社員に変わっていく。人が変貌していくのを実感しました。
 以前、システム部門にいた時も、部下・パートナー会社メンバーのモチベーションを高めることには尽力していましたが、一人ひとりの変化に興味を持ったのは初めてです。
 同時に、研修でご協力いただく外部講師の方々との出会いも非常に刺激になりました。研修を通じて、感じることがあったのです。自分の考えたことや話した言葉によって、ほかの人の目の色が変わる。「やる気が出てきました」「いいお話を聞けてよかったです」と感謝される。それは本当にやりがいのある仕事で、興味深いものでした。
 そしてある時、気がつきました。
 自分のやりたい仕事はこれだ!」
 人に関心の薄かった私が、本当は人前で話すのが好きだと気づいたのです。それで、「自分のやりたいことをやろう」「講師として独立しよう」と考え、会社を辞める決意をしました。56歳の時です。家族や周囲からは、「65歳まで安定した待遇で働けるのにもったいない」などと口々に言われましたが、自分の思いを尊重して退職しました。

                          CDAと偶然の出会い

 CDA(キャリア・デベロップメ画像エラーント・アドバイザー)のことを知ったのは、その少し前です。人事部の部下の1人がCDAの受験勉強をしていて、日本マンパワー『キャリアカウンセラー養成講座』(現在の『キャリアコンサルタント養成講座』の前身)のテキストを見せてくれました。
 「こんな資格、果たして会社の役に立つのだろうか?」
 そう疑問に思いながらもペラペラとめくりながら目を通してみると、非常に興味深いことが書いてある。特に目に留まったのは、「偶然の出来事は人のキャリアに大きな影響を及ぼし、かつ望ましいものである」というクルンボルツの理論です。テキストを読み進めると、「偶然の出来事をチャンスに変えるためには、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心(リスクテーキング)の5つのスキルが必要」だと書いてあります。
 「まさにそうだ!」
 私の生き方も、結果を恐れず、好奇心と冒険心でチャンスを切り拓いてきたのです。
 また、私はそれに先駆けてビジネスコーチを学んでいたのですが、その先輩からも「講師業を目指すなら、CDAを取得しておくといいよ」とアドバイスを受けました。

 こうして2014年の夏、会社を退職した私は、日本マンパワーの『キャリアカウンセラー養成講座』を受講することとなりました。

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★「根っからの技術者」で「人に関心が薄かった」という井上昭雄さんは、CDAとのかかわりでどのように変わっていくのでしょうか? 本記事の続きは来月の当コーナーでご紹介いたします。

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